健康モーニング No83
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「二つの矛盾」(ビジネスマンうつからの脱出)楠木 新 平成24年11月から翌年2月まで、東京、大阪をはじめとする全国5か所で、KKCヘルス・アップセミナーの講師を務めました。主題は、「ビジネスマンうつからの脱出」。 セミナーの前半では、うつ状態で、休職、復帰を繰り返した私の3年間の体験を率直に語りました。転勤をきっかけに環境変化に飲み込まれた状況や、休職中に行き場を失ったこと、復帰した時の不安などです。またこの間に出会った医師とのやりとりや家族に助けられたことも話しました。 セミナーの後半では出席者に提出いただいた質問表に私が答えるというスタイルで進めました。参加者は、主に産業医、看護師、保健師、人事担当の方々。現場で日々メンタルヘルスの課題に取り組まれているので、質問を通じたやり取りで多くのことを学びました。また皆さんが真剣に耳を傾けていただいたおかげで気持ちよく話すことができました。 会場でいただいた123枚の質問表を読み返してみると、メンタル不全の社員が職場に復帰するタイミングや復帰後の再発に関する質問が目立ちます。休職から復帰した社員の対応に悩んでいる姿がうかがえます。 質問表に目を通しながら「やはり回復には時間がかかるのだ」とあらためて思いました。メンタル不全の社員からすると、「すぐに良くなりたい」「早く会社に戻らなければ」という焦りから、結果として復帰を急ぎがちになります。私もそうだったのです。無理かもしれないと感じていても、先走って復帰のテーブルについてしまうのです。再発の一つの課題はここにありそうです。 おそらくメンタル不全は一気に良くなるのではなくて、少しずつ新たな状況に適応していくプロセスが不可欠なのでしょう。 質問表の中には、回復には時間がかかることを考慮せずに、すぐに結果を求めようとする意見も見受けられました。また「休職期間満了前に復帰して、またすぐ休むことを繰り返す社員がいて、とても優しい目では見てあげられない」との見解もありました。たしかにいろいろな社員がいて、その対応も一筋縄ではいかないのが現実でしょう。 一方で「休職期間は、何年が妥当だと思われますか」という質問もありました。社員の立場からいえば回復には時間がかかる、しかし会社側は慈善事業をやっている訳ではないので、働けない状態をそのまま長く放置はできない。この両者の調整点が休職期間の長さであると理解したうえでの質問だったのでしょう。 以上の話をまとめると、どうやら二つの矛盾がありそうです。一つは、回復には一定の時間が必要であるが、どうしても当該社員は復帰を焦ってしまうという矛盾、また回復までには時間の経過を要するが、会社の規定では休職できる期間の限度が設けられているという矛盾です。メンタルヘルスの担当者は、この二つの矛盾を念頭においてメンタル面で不安を抱えた社員に対応していただきたいと思っています。 そういう姿勢でどっしりと構えていただくと当該社員は安心できます。なぜならそういう社員の多くは、焦っている自分自身に手を焼いているので、自らを理解してもらえている実感につながるからです。 次回は、メンタルヘルスに対する対応策について少し考えてみたいと思っています。楠木 新(くすのき あらた)1979年、京都大学法学部卒業後、大手企業に入社。人事・労務関係を中心に、企画、営業、支社長等を歴任。勤務の傍ら、新聞での連載、本の出版、講演などに取組む。一昨年まで関西大学で非常勤講師(「学部学生のための会社学」)をつとめていた。著書など・『ビジネスマン「うつ」からの脱出』(創元社 2003年)・『こころの定年』(朝日新聞beのキャリア欄に、一年間連載 2007年)・『わが子を失敗させない「会社選び」』(ダイヤモンド社 2009年)・『会社が嫌いになったら読む本』(日経プレミアシリーズ 2009年)・『会社が嫌いになっても大丈夫』(日経ビジネス人文庫 2010年)・『就活の勘違い』(朝日新書 2010年)・『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ 2011年)・『サラリーマンは、二度会社を辞める。』(日経プレミアシリーズ 2012年)セミナー風景6 KKCヘルスネットワーク No.83(2013. 6) 

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