健康モーニング 84
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「目の前の一人一人に」(ビジネスマンうつからの脱出)楠木 新 のべ5回行われたKKCヘルスアップ・セミナーの前半では、うつ状態で、休職、復帰を繰り返した私の3年間の体験を率直に語りました。後半では出席者から提出いただいた質問表に私が答えるというスタイルで進めました。参加者は、主に産業医、看護師、保健師、人事担当の方々で、会場では多くの具体的な質問をいただきました。 「休職中の社員にどのように話をすればいいのか?」、「落ち込んで相談に来られた時の声掛けの仕方を教えてほしい」、「家族、上司、同僚、部下からの態度で、嬉しかった態度、言葉、つらかった態度、言葉はどんなものがありましたか?」など対応策を模索している姿がありました。 また「薬は効いた実感はありましたか?」「予防研修は、意味があると思われますか?」といった現在の治療や対応策についての疑問もありました。 会場で質問に答えている時に、出席された皆さんがほとんど解決策を持ち合わせていないことに気が付きました。セミナー後に、旧知の人事コンサルタントに聞くと、「復帰した社員をどこの職場に配置するか以外の選択肢を会社は持っていない」と語っていました。 その意味でメンタルヘルスを担当されている方々のご努力に頭の下がる思いです。 一方で少し気になった点があります。「マニュアルがほしい」、「何かコントロールすればうまくいく」といったニュアンスの質問が少なからずあったことです。 マニュアルに依存したり、相手をコントロールしていこうという姿勢では、なかなか効果は期待できません。人の気持ちは単純ではなく、矛盾したものをいっぱい抱えているからです。病気の患部を取り除いたり、簡単に薬で治療するようなわけにはいきません。社員自身にも調子の波があり、その時々によって状態も変化しています。各社員の求めているものは一人一人異なるのです。 そう考えてみると、画一的、一律的な対応策では実効性は限られるでしょう。また受け手の社員にもそういう態度は伝わるものです。決して良い気分にはならないと思われます。 私は、受診した心療内科医にかけられた言葉を今でも忘れてはいません。 初めての休職にとまどい、自分の先行きが見えなかったときに、「それはさぞ大変だったでしょうね」と声をかけてもらいました。シンプルだけれども心のこもった言葉でした。 また三度目の休職が決まって、「これで何もかも失ってしまう」と悲観的になっていた時に「三度休んだからといって、命まではとられませんよ」と力づけてくれました。 やはり目の前の一人一人をきめ細やかに理解して、心が通う取り組みを行うことが一番の近道で、それ以上の対応策はないと思われます。 今回のセミナーでは私の体験をケーススタディにしました。それは私の事例を通して、参加者のそれぞれの課題を見つめなおしてほしかったからです。 メンタルヘルスに携わっている方々は、日々大変でしょうが、引き続きメンタル不全の社員に共感的なスタンスで向き合い続けてほしいと願っています。 次回は、本人の回復に向けた対応について考えてみます。楠木 新(くすのき あらた)1979年、京都大学法学部卒業後、大手企業に入社。人事・労務関係を中心に、企画、営業、支社長等を歴任。勤務の傍ら、新聞での連載、本の出版、講演などに取組む。一昨年まで関西大学で非常勤講師(「学部学生のための会社学」)をつとめていた。著書など・『ビジネスマン「うつ」からの脱出』(創元社 2003年)・『こころの定年』(朝日新聞beのキャリア欄に、一年間連載 2007年)・『わが子を失敗させない「会社選び」』(ダイヤモンド社 2009年)・『会社が嫌いになったら読む本』(日経プレミアシリーズ 2009年)・『会社が嫌いになっても大丈夫』(日経ビジネス人文庫 2010年)・『就活の勘違い』(朝日新書 2010年)・『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ 2011年)・『サラリーマンは、二度会社を辞める。』(日経プレミアシリーズ 2012年)セミナー風景6 KKCヘルスネットワーク No.84(2013. 9) 

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