2025.09.01
皆さんのお身内やお知り合いに、大腸がんにかかった人やそれで亡くなった人はいらっしゃいませんか。
「あゝ、いるいる」、「あの人がそうだった」、と思い当たる人は少なくないでしょう。今、日本人の半数近くが生涯のいずれかの時期にがんに罹り、死因のほぼ4分の1はがんですが、がんに罹る人のうち男性では前立腺がん、女性では乳がんに次いで多いのが大腸がん。もちろん大腸がんにかかっても、適切な治療で完治する人は大勢いらっしゃいますが、それには運が良かったと言うよりも確かな理由があるのです。
国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(厚生労働省人口動態統計)
多くのがんがそうであるように、大腸がんもある程度の大きさになるまでは、まったく症状がないのが普通です。そして1㎝以下のがんは、医療技術が進歩した現在でも、残念ながら見つけることは容易ではありません。
もう少し詳しく言いましょう。がん細胞は大腸の管の内面を覆う粘膜に発生しますが、粘膜内に留まっている段階(ステージ0)か、粘膜を超えてその外側の固有筋層に達する程に成長しても、大腸の外にあるリンパ節までは侵されていない段階 (ステージ1,2)なら、ほとんどの場合は完治が見込めます。しかしその段階を見過ごせば、「運命は神のみぞ知る」ことになります。
発見可能で治癒可能なこの期間内は、自覚症状のある方は多くはありません。「こんなに元気でメシもうまい」と、この期間を無為に過ごすと、やがて不幸な結末を招く恐れが大きくなります。だからこの期間はまさに貴重な勝負どき。
ではどうすれば?答えは簡単です。大腸がんは初期の段階でも便がこすれて 微量に出血することが多いので、これを確かめれば大腸がんの疑いがあることになります。だから年に一度は便の潜血反応検査を受けること。潜血とは肉眼では分からない微量の血液のことで、この反応は正式には免疫学的便潜血反応と呼ばれ、人の血液(ヘモグロビン)のみ検出します。食道や胃・十二指腸など上部の消化管から出た血液中のヘモグロビンは、消化液の働きで分解されて検出されません。だからこの反応が陽性ならば大腸から出血があるといえるのです。
検査を受けるには、便を採取•収納する検査キット(小さな2個の容器)を事前 に受け取って、通常は1日に1回、2日で2回、容器のふたに付いているつま楊枝大 のスティックで、便の表面を少量こすり採って容器に入れ、検査に回します。
ただし大腸からの出血は、がんだけでなく大腸ポリープや虚血性大腸炎などの病気でも起きますから、もし潜血反応が陽性なら、その原因を確かめる検査が必要です。陽性だと知らされても、痔のせいだろう、生理の血液が便に混じったのかも、などと一人合点して精密検査(主に大腸内視鏡検査)を受けなかった結果、がんが手遅れになったという人も少なくありません。
この便潜血反応は、がんの一次スクリーニング検査としては、子宮頸がんのがん細胞を見つける子宮頸部擦過細胞診と同様、肺がんに対する胸部レントゲン検査や、胃がんに対する胃のバリウム検査以上に信頼度が高い検査です。職場の中高年者対象の定期健康診断や人間ドック健診にはこの検査が含まれていますから、便を採るのが面倒だとか、がんと言われたら怖い、などと思って検査をためらうなどは、絶対しないことが大切です。
ただし大腸がんから出血しないことや、出血しても便の一部にしか血液が付いていないこともありますので、検査結果が陰性であっても、がんが存在しないとは確約できません。これが検査の限界です。
それなら、大腸がんを見付けるよりも、大腸がんにならない方法はないのか、と思う方もいらっしゃるでしょう。残念なことにそんなうまい方法はありません。ただ、動物性脂肪を習慣的に多く摂ると、それを消化するため肝臓から胆汁酸が多く分泌され腸に流れますが、胆汁酸は腸内の悪玉菌の作用で発がん物質を含む二次胆汁酸に変わり、これが大腸粘膜に働いてがんが生じやすくなると言われます。だから悪玉菌を減らし善玉菌を増やして腸内の細菌(叢)のバランスを整えるため、ヨーグルトの長期摂取が好ましいとの意見もあります。大腸がん患者が年々増えるのは、食事の欧米化で動物性脂肪の摂取が増えているのも一因だとされます。
しかし大腸がんの原因はそれだけではありません。便秘がちの人は大腸がんに罹りやすい傾向がありますし、親も子も罹ることがある遺伝性の大腸がん(リンチ症候群など)もありますから、ことは簡単ではありません。これなら大丈夫という確実な予防法がない以上、やはり毎年一度は便潜血反応検査を地道に繰り返し、もし一度でも陽性になったら、ためらわず大腸内視鏡などによる精密検査を受けること。これが何より大切です。
そしてたとえ便潜血反応が陽性で、その後の精密検査で大腸がんが見つかっても、手術などの適切な治療を受ければ、その後の5年間を生き延びる割合(5年生存率)はステージ1では90%以上、ステージ2では85から75%程度と報告されています(大腸がんファクトシート2024、国立がん研究センターがん対策研究所)。
大腸がんファクトシート2024 大腸癌のステージ毎の累積5年生存率
無策で過ごせば恐るべき 大腸がんですが、正しく恐れて適切に対処すれば、大腸がんは無暗に恐るべき相手ではありません。大腸がんは完治可能な初期に見付けやすく、初期の間に対処すれば治りやすいがんなのです。